BloombergがSteve Jobs氏の最期の様子を伝えています.
死亡診断書によると,亡くなったのはPalo Altoの自宅で死因は膵臓腫瘍,直接死因は呼吸停止,死亡時刻は10月5日の午後3時ごろで(Cook氏のメールでは10月5日の早くにだったような...),職業のところにはハイテク産業の起業家と書かれていたそうです.
また,San JoseのSanta Clara County Public Health Departmentの文書によると,直接死因は呼吸停止,その原因として転移性膵神経内分泌腫瘍となっていて,剖検は行われなかったとのこと.

(From Bloomberg)
Jobs氏が膵神経内分泌腫瘍と診断されたのが2003年ですから,約8年の闘病生活を送り,iPhone 4Sが発表された翌日の本当に最後の最後までAppleのトップとしての役割を全うしました.
死亡診断書によると,亡くなったのはPalo Altoの自宅で死因は膵臓腫瘍,直接死因は呼吸停止,死亡時刻は10月5日の午後3時ごろで(Cook氏のメールでは10月5日の早くにだったような...),職業のところにはハイテク産業の起業家と書かれていたそうです.
また,San JoseのSanta Clara County Public Health Departmentの文書によると,直接死因は呼吸停止,その原因として転移性膵神経内分泌腫瘍となっていて,剖検は行われなかったとのこと.

(From Bloomberg)
Jobs氏が膵神経内分泌腫瘍と診断されたのが2003年ですから,約8年の闘病生活を送り,iPhone 4Sが発表された翌日の本当に最後の最後までAppleのトップとしての役割を全うしました.
こことかこことかここの記載によると,膵神経内分泌腫瘍(Pancreatic neuroendocrine tumor; PNET)は神経内分泌腫瘍(Neuroendocrine tumor; NET)のうち胃腸管膵神経内分泌腫瘍(Gastroenteropancreatic neuroendocrine tumors; GEP-NET)の約1/3を占めるものに分類されており,この腫瘍の由来はランゲルハンス島の通常細胞あるいはびまん性に存在する神経内分泌多能性細胞であると考えられていて,膵外分泌腺細胞由来の腺癌である一般的な膵癌とは異なります.
ちなみに,外分泌細胞とは膵臓が消化管に向けて分泌する膵液という消化液を産生する細胞で,ランゲルハンス島というのは内分泌(ホルモンを産生する)細胞が集簇したものなので,膵臓の基本的な部分は外分泌細胞やその導管で構成され,その中に内分泌細胞の塊(ランゲルハンス島)があたかも島のように浮いている状態になっています.
膵臓に生じる腫瘍のうち95%が一般的な膵癌である腺癌で,臨床的に意味のある膵臓の新生物の中でたったの1~2%がGEP-NETで,Jobs氏の病気が非常に稀な膵臓腫瘍と言われるのはこのためです.
NET全体の発生率は人口10万人対で2.5~5人ですが,臨床的に症状の出ないサイレントのものが剖検時に見つかったりすることもあるため,有病率は推定で人口10万人対35人と言われています.
PNETの70~85%は機能性,つまり何らかのホルモンを分泌して症状を起こすもので,約15~30%が非分泌性あるいは非機能性と呼ばれるホルモンを分泌しないか,分泌しても臨床的な症状に繋がらないもの.
また,機能性のものには分泌するホルモンによって,グルカゴンを分泌するグルカゴノーマやインスリンを分泌するインスリノーマなどがあります.
Jobs氏の場合,2009年の病気療養の際にホルモンの分泌異常に伴う体重減少と説明されたことがありますが,その前の手術で膵臓を切除して内分泌機能は障害されているはずなので,腫瘍が機能性のものか非機能性のものかははっきりと断定できません.
PNETの症状は機能性か非機能性かで大きく変わりますが,機能性の場合には自律性を失って過剰分泌されたホルモンによる症状が出ます.
一般的には腹痛,紅潮,下痢,喘鳴,腹部膨満感,動機,脱力,発疹,胸焼け,体重変化など.
一般的な治療法としては手術,化学療法,放射線治療,塞栓術などがあり,早期に十分な切除術を行えば完治することも少なくないそうです.
悪性だった場合には転移をするわけですが,主として転移しやすい臓器は肝臓とリンパ節と言われています.
予後は,5年生存率で10~20%とも言われている一般的な膵癌よりは良好ですが,2008年のもので少し古いものの,一応メタアナリシスを行なっているこのデータによると,機能性の場合は5年生存率が47.6%で10年生存率が31.3%,非機能性の場合はそれぞれ33.7%と17.0%になっているので,病型によっては極めてマイルドというわけでもなさそうです.
遺伝子の変化を見た研究では,MEN1,ATRX,DAXX,TSC2,PTENおよびPIK3CAといったタンパク質の遺伝子に変異があることが知られていて,たかだか6つの遺伝子が機能異常に陥っただけで腫瘍になってしまうそうですが,これらを調べることで治療に反応するかが分かったりもするみたいです.
Jobs氏の場合,2004年の外科的治療を終えたあとで2003年からPNETと診断されていたことを明らかにしました.
なかなか診断が難しい腫瘍のようですが,診断から根本的な治療を行うまでに時間がかかったのは,Jobs氏のポリシーによるものだったとも言われています.
2004年の最初の病気療養から2007年までは,痩せてはいきましたけど体格は比較的保たれていましたが,2008年頃になるとるい痩も著明になってきました.
上は2005年に行われた有名なStanford大学でのスピーチの様子で,まだ頬のあたりにふくよかさが残っています.
こちらが2008年9月9日の基調講演で,明らかに痩せてはいるもののまだ活力にみなぎっていて元気そうには見えます.
2009年の1月14日には二回目の病気療養に入り,同年4月頃には肝移植を受けていることから,この時点で最初の外科的治療では取りきれなかった残存腫瘍組織があったこと,それが再発して肝転移を起こしていたことが明らかです.
また,この時にスイスのBasel大学でペプチド受容体放射性核種療法(peptide receptor radionuclide therapy; PRRT)という特殊な治療を受けたとも言われています.
このPRRTというのは,内分泌腫瘍に集積しやすいDOTA-octreotateという物質を放射性同位元素である90Yや177Luでラベリングして,腫瘍に取り込ませたのちに放射性同位元素から出るβ線を用いて腫瘍細胞を破壊するという治療で,抗癌剤と放射線治療を組み合わせたようなものですが,比較的体に対する負担が少ないそうです.
これは肝移植という大手術を終えて初めてプレゼンテーションの場に戻ってきた時の様子です.
決してつらそう表情は浮かべませんが,戻ってきてくれて嬉しい半面,本当に大丈夫なのか心配になったことを良く覚えています.
そして,2011年1月18日には三回目の病気療養に入ることが発表され,この時にはできるだけ早く復帰したいというメールの内容が公開されました.
これは,2011年3月2日に病気療養中にもかかわらず自らプレゼンテーションを行ったiPad 2の発表イベントの時の様子で,どちらかというと1つ前の動画よりは少し元気になっているように見受けられます.
そして,これがJobs氏にとって最後のプレゼンテーションとなったWWDC 2011(6月6日)と,最後に公の場に出席したCupertino市議会(6月7日)での様子です.
とても弱々しくみえて本当に体調が悪いのではないかと思わせますが,最後までユーモアを交えて語り続けています.
最近,PNETの治療薬としてeverolimus(Afinitor)とsunitinib(Sutent)がFDAに認可され,適応はないもののbevacizumab(Avastin)も治療薬として使われるそうです.
Jobs氏が周囲に話していたとされる新しい治療の具体的内容は分かりませんが,このあたりの薬剤が使われたのかもしれません.
専門ではないので間違って理解しているところもあると思いますが,こうしてまとめてみると,2回に渡る大きな外科的治療に化学療法,侵襲は少ないもののスイスまで出向いて最先端の治療を受けるなど,癌との壮絶な闘病生活の中でAppleのトップとして最後までイノベーションを提供し続けた彼の凄さを改めて痛感します.
これだけの大病を患いながら最期は家族とともに自宅で過ごすという意志を貫くあたり,本当に自らの信念に忠実で強靭な精神力を持っている人なのだと思います.
彼の死生観については,上の動画で紹介したStanford大学でのスピーチの後半で語られていて,原文はこちら,日本語訳は最近公開されたこちらで読むことができます.
ここで彼は “Your time is limited, so don't waste it living someone else's life” と言っていて,限られた自分の時間を誰か他の人の人生を生きることで無駄にしてはならないと述べています.
また, “Death is very likely the single best invention of Life” とも語っています.
死は生にとってまさに唯一最高の発明のように思えるということですが,彼が自らの病気と向き合っていきてきたからこそ,他の人の考えに従うのではなく,自分の直感を信じて晩年の輝かしい栄光を手に入れることができたのかもしれません.
まさしく,彼の死を持ってわれわれの生活にもはや必要不可欠となってしまった発明がもたらされたのですから・・・
ちなみに,外分泌細胞とは膵臓が消化管に向けて分泌する膵液という消化液を産生する細胞で,ランゲルハンス島というのは内分泌(ホルモンを産生する)細胞が集簇したものなので,膵臓の基本的な部分は外分泌細胞やその導管で構成され,その中に内分泌細胞の塊(ランゲルハンス島)があたかも島のように浮いている状態になっています.
膵臓に生じる腫瘍のうち95%が一般的な膵癌である腺癌で,臨床的に意味のある膵臓の新生物の中でたったの1~2%がGEP-NETで,Jobs氏の病気が非常に稀な膵臓腫瘍と言われるのはこのためです.
NET全体の発生率は人口10万人対で2.5~5人ですが,臨床的に症状の出ないサイレントのものが剖検時に見つかったりすることもあるため,有病率は推定で人口10万人対35人と言われています.
PNETの70~85%は機能性,つまり何らかのホルモンを分泌して症状を起こすもので,約15~30%が非分泌性あるいは非機能性と呼ばれるホルモンを分泌しないか,分泌しても臨床的な症状に繋がらないもの.
また,機能性のものには分泌するホルモンによって,グルカゴンを分泌するグルカゴノーマやインスリンを分泌するインスリノーマなどがあります.
Jobs氏の場合,2009年の病気療養の際にホルモンの分泌異常に伴う体重減少と説明されたことがありますが,その前の手術で膵臓を切除して内分泌機能は障害されているはずなので,腫瘍が機能性のものか非機能性のものかははっきりと断定できません.
PNETの症状は機能性か非機能性かで大きく変わりますが,機能性の場合には自律性を失って過剰分泌されたホルモンによる症状が出ます.
一般的には腹痛,紅潮,下痢,喘鳴,腹部膨満感,動機,脱力,発疹,胸焼け,体重変化など.
一般的な治療法としては手術,化学療法,放射線治療,塞栓術などがあり,早期に十分な切除術を行えば完治することも少なくないそうです.
悪性だった場合には転移をするわけですが,主として転移しやすい臓器は肝臓とリンパ節と言われています.
予後は,5年生存率で10~20%とも言われている一般的な膵癌よりは良好ですが,2008年のもので少し古いものの,一応メタアナリシスを行なっているこのデータによると,機能性の場合は5年生存率が47.6%で10年生存率が31.3%,非機能性の場合はそれぞれ33.7%と17.0%になっているので,病型によっては極めてマイルドというわけでもなさそうです.
遺伝子の変化を見た研究では,MEN1,ATRX,DAXX,TSC2,PTENおよびPIK3CAといったタンパク質の遺伝子に変異があることが知られていて,たかだか6つの遺伝子が機能異常に陥っただけで腫瘍になってしまうそうですが,これらを調べることで治療に反応するかが分かったりもするみたいです.
Jobs氏の場合,2004年の外科的治療を終えたあとで2003年からPNETと診断されていたことを明らかにしました.
なかなか診断が難しい腫瘍のようですが,診断から根本的な治療を行うまでに時間がかかったのは,Jobs氏のポリシーによるものだったとも言われています.
2004年の最初の病気療養から2007年までは,痩せてはいきましたけど体格は比較的保たれていましたが,2008年頃になるとるい痩も著明になってきました.
上は2005年に行われた有名なStanford大学でのスピーチの様子で,まだ頬のあたりにふくよかさが残っています.
こちらが2008年9月9日の基調講演で,明らかに痩せてはいるもののまだ活力にみなぎっていて元気そうには見えます.
2009年の1月14日には二回目の病気療養に入り,同年4月頃には肝移植を受けていることから,この時点で最初の外科的治療では取りきれなかった残存腫瘍組織があったこと,それが再発して肝転移を起こしていたことが明らかです.
また,この時にスイスのBasel大学でペプチド受容体放射性核種療法(peptide receptor radionuclide therapy; PRRT)という特殊な治療を受けたとも言われています.
このPRRTというのは,内分泌腫瘍に集積しやすいDOTA-octreotateという物質を放射性同位元素である90Yや177Luでラベリングして,腫瘍に取り込ませたのちに放射性同位元素から出るβ線を用いて腫瘍細胞を破壊するという治療で,抗癌剤と放射線治療を組み合わせたようなものですが,比較的体に対する負担が少ないそうです.
これは肝移植という大手術を終えて初めてプレゼンテーションの場に戻ってきた時の様子です.
決してつらそう表情は浮かべませんが,戻ってきてくれて嬉しい半面,本当に大丈夫なのか心配になったことを良く覚えています.
そして,2011年1月18日には三回目の病気療養に入ることが発表され,この時にはできるだけ早く復帰したいというメールの内容が公開されました.
これは,2011年3月2日に病気療養中にもかかわらず自らプレゼンテーションを行ったiPad 2の発表イベントの時の様子で,どちらかというと1つ前の動画よりは少し元気になっているように見受けられます.
そして,これがJobs氏にとって最後のプレゼンテーションとなったWWDC 2011(6月6日)と,最後に公の場に出席したCupertino市議会(6月7日)での様子です.
とても弱々しくみえて本当に体調が悪いのではないかと思わせますが,最後までユーモアを交えて語り続けています.
最近,PNETの治療薬としてeverolimus(Afinitor)とsunitinib(Sutent)がFDAに認可され,適応はないもののbevacizumab(Avastin)も治療薬として使われるそうです.
Jobs氏が周囲に話していたとされる新しい治療の具体的内容は分かりませんが,このあたりの薬剤が使われたのかもしれません.
専門ではないので間違って理解しているところもあると思いますが,こうしてまとめてみると,2回に渡る大きな外科的治療に化学療法,侵襲は少ないもののスイスまで出向いて最先端の治療を受けるなど,癌との壮絶な闘病生活の中でAppleのトップとして最後までイノベーションを提供し続けた彼の凄さを改めて痛感します.
これだけの大病を患いながら最期は家族とともに自宅で過ごすという意志を貫くあたり,本当に自らの信念に忠実で強靭な精神力を持っている人なのだと思います.
彼の死生観については,上の動画で紹介したStanford大学でのスピーチの後半で語られていて,原文はこちら,日本語訳は最近公開されたこちらで読むことができます.
ここで彼は “Your time is limited, so don't waste it living someone else's life” と言っていて,限られた自分の時間を誰か他の人の人生を生きることで無駄にしてはならないと述べています.
また, “Death is very likely the single best invention of Life” とも語っています.
死は生にとってまさに唯一最高の発明のように思えるということですが,彼が自らの病気と向き合っていきてきたからこそ,他の人の考えに従うのではなく,自分の直感を信じて晩年の輝かしい栄光を手に入れることができたのかもしれません.
まさしく,彼の死を持ってわれわれの生活にもはや必要不可欠となってしまった発明がもたらされたのですから・・・
Posted Comment
たいへん興味深く拝見しました。とても詳しくJobs闘病の解説をしていただき有難うございます。二点ほどもしご意見があればお聞かせください。
後から考えると、いかに進行の遅いタイプのがんだといっても、2003年に診断がついた時点ですぐ手術を受けるべきだったのでしょうか。
Jobsは望みを持っていたようですが、新しい抗がん剤の毒性で不本意にも背中を押してしまった可能性もあるのでしょうか。
後から考えると、いかに進行の遅いタイプのがんだといっても、2003年に診断がついた時点ですぐ手術を受けるべきだったのでしょうか。
Jobsは望みを持っていたようですが、新しい抗がん剤の毒性で不本意にも背中を押してしまった可能性もあるのでしょうか。
>Arageoさん
早期の外科的治療に関しては,いろんなサイトに書いてあることを総合的に考えると,悪性の可能性が否定できず,根治可能であるならば,できるだけ早く,ある程度拡大的に摘出する方が望ましいのではないかと思います.
それによって予後がどの程度変わったのかは神のみぞ知るですが.
抗癌剤については,僅かな例外を除き副作用のない薬剤などありませんので,意に反して悪影響を与えた可能性は否めません.
ただ,ここに挙げた新しい治療薬について詳しいことを知りませんし,Jobs氏本人も含めてメリットがデメリットを上回ると判断された上での治療であれば正解かと.
在り来りの答えでスミマセン.
早期の外科的治療に関しては,いろんなサイトに書いてあることを総合的に考えると,悪性の可能性が否定できず,根治可能であるならば,できるだけ早く,ある程度拡大的に摘出する方が望ましいのではないかと思います.
それによって予後がどの程度変わったのかは神のみぞ知るですが.
抗癌剤については,僅かな例外を除き副作用のない薬剤などありませんので,意に反して悪影響を与えた可能性は否めません.
ただ,ここに挙げた新しい治療薬について詳しいことを知りませんし,Jobs氏本人も含めてメリットがデメリットを上回ると判断された上での治療であれば正解かと.
在り来りの答えでスミマセン.
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